丁寧な大騒ぎ

想いが今 クリアになっていく

3月2日

1年366日の中で最も好きな日はいつかと聞かれたら、昔から絶対に3月2日だった。どんな祝日より何の記念日より3月2日だった。ありきたりだけど何故かといえばそれは、3月2日はわたしの誕生日だからに他ならない。なにかの拍子に3と2が並べばもうそれは幸せな気持ちになったし(平成32年を楽しみにしていたので令和に期待)、今のわたしの電子マネーの残高は302円で改札を通るたびにるんるんと心が弾むのでチャージができない。ちょっとやばい。12月頃から待ち焦がれ、年を越してからはいよいよ3月へのカウントダウンが始まった。歳を重ねるごとに大人は誕生日を迎えることが嫌になるようで、それは自分の歳を再確認しなくてはいけなくなるからだとか、特にめでたいこともないからだとか聞くけれど、わたしにはまだそれが分からない。85歳になっても誕生日にワクワクしている気さえする。とにかく誕生日は特別で、日を超えてから翌3日になるまで、わたしを取り巻く世界の全てがわたしに優しくあってほしいと傲慢なことを願い、わたしはわたしを甘やかす。生まれてきたことと健康に生きていることに感謝して(主に親に対して)、たとえどんなにツイてなくても「誕生日だから大丈夫!」精神で生き抜こうと思えるくらい、わたしは3月2日を特別な日に仕立てている。

 

 

そう、仕立てているのだ。

 

 

2018年秋、「来年こそはお誕生日SHOCKがしたい!(したいってなんじゃそら、とツッコミが入る)」と思いながらSHOCKを申し込んだところ、なんとふぉ〜ゆ〜枠で当選した(ちなみにとても見やすい良い席で、それは即ちこしおかさんからのプレゼントということになるわけだけど、こしおかさんには会えなくて残念だった)(発想が痛いとか言わない)。誕生日公演は特別だ。演者にとってみれば観客の事情など関係ないのだから、一公演一公演を丁寧にやり遂げるのみだとは知ってはいるものの、やっぱり自分の大好きな日に大好きな作品で大好きな人に会えるのはとても嬉しい。一緒に入った友人も優しく、幕間に会ってくれた友人も優しく、テラニシはあまりにもカッコよくて過呼吸になりかけた。幸せすぎる夜だった。

 

 

2019年秋、来年のSHOCKにも出演が決まったとの知らせが入った。今度こそこしおかさんを観れるぞ。寺西くんは4年目(中堅!)だし、歌がお上手すぎて感動した梅田彩佳さんのリカがまた見れるなんて!絶対ジャパネスクの治安が悪くなるであろうタツヤも必見よね。ああなんてわくわくするのだろう!

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申し込むときのお友達とのLINEがこちら(匂わせもいいところのわたしに対して優しい)。

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何度見ても飽きないSHOCKには足繁く通いたいのに、チケットは一枚も当たらなかった。でも、まだ諦めない。だってチャンスはまだある。チケツイは出さない。嘆くツイートもしない。だってわたしはまだ道が絶たれたわけではないのだから。

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FNSを見て心を躍らせ、舞台「大阪環状線」で寺西くんに出したお手紙には「SHOCKのチケット気合いで取ります」と書いた。そして臨んだ1月の一般電話。周りのSHOCK担の人たちと同じくわたしも朝から飽きるほどに同じおねえさんの声を幾度も聞きながら、眠くもなりつつ、いやいやここで諦めたらわたしはSHOCKに行けないのだからもっともっともっと本気でやって!と奮い立たせて電話を掛け続けた。何百回と掛け、12時少し前にようやく繋がり、震えながらキーパッドのボタンを押した。3月2日の公演のチケットは残っていた!取れた!取れたよ!わたし、今年もお誕生日SHOCKできるんだ!もう無効になったから言うけど前から3列以内だよ!!!ひえええ!!!

 

 

今年は少し観劇回数を控えようと決めていたので、当たるかどうかはさておき、特別登録にも申し込まず、お譲り先を探すツイートにも反応せず(万が一友人知人から声を掛けられたとしても3月のみ検討しようと思っていた)、なにがなんでもわたしの観劇は3月2日にするのだと決めていた。職場で、3月に同行出張のスケジュール組みたいんだけど外してほしい日はあるかと聞かれたとき、食いつくようにその日だけは行けませんと答えた。有給もせっかくならばと全日で取った。

 

幕が上がった。寺西くんが、フォトセ時とは色を異にした髪色だとのレポとそれに付随するばあばレポ(我々はばあばに勝てない)が流れてきてかわいくてかっこよくって嬉しくなった。当たり前のようで当たり前じゃないんだけど、こしおかさんが「リチャード三世ならできます!」と言いながらカテコに出てくるレポは今年はなくて安心した。タツヤがすごくいいってさ!気になる。最後のシーンが少し変わるらしいことを知り、即ミュートワードにぶちこんだ。自分の目で見るんだ!そして寺西くんが襷掛けをしたという、とんでもないレポを目にすることになる。もう、もう、本当にどうしよう。今年も想像を超えた先で待っていてくれるなんて。その日から何度も何度もテラニシの襷掛けをイメージした。げんげんがカカカン!カカカン!カカカンカン!とやっていた(幻)(今年は椿くんかな?)

 

SHOCKが楽しみで楽しみで仕方がなかった。グッズは、実は寺西くんのお写真しかまだ買えていなくて、それも勿体ぶって開封できていない。

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美容院にはこの間の日曜に行った。髪を短くして染め直した。職場の美人の事務さんに褒められるくらい髪がきれいになった。現場一週間前に行くのは、自分の目を慣らし髪自体のコンディションも落ち着かせるためで、わたしの中では一番の気合入れ時期だった。爪は赤く塗ろうかな。着たいお洋服はほぼ決まっていて、コートはふゆパラに備えて買ったお気に入りにしようと考えていた。

 

ニキビを作りたくないから揚げ物断ちもしていた。お酒も減らすことにしていた。自分へのお誕生日プレゼントに買いたいものも決めていたし、当日劇場で投函するお手紙の下書き前構想も作り始めていた。

 

ジャニショでオフショットが出ると知り、それならば朝は原宿に行こうかな、お昼はずっと行きたかったパン屋さんにしよう、夜はおうちでゆっくりするのがいいかなあ。あっ、帝劇フォークも欲しいし今年も劇場内のカフェに行こうかな?などと計画を緻密に練っていた。天気予報は毎日見て、雨が降らないことを祈っていた。

 

今年はもっとシェイクスピアを学びたくて、原ちゃんのリチャード二世も行く気なので、じゃあリチャード二世からSHOCKのリチャード三世まで学ぶか、と分厚過ぎる歴史学の本を読んでいる途中だった(終わりが見えない……)。もちろんサントラは何度も再生した。3月2日を満喫する準備は着実に進められていた。

 

 

 

新型ウイルスが蔓延していることはもちろん知っていたし、徐々に大規模イベントが中止になっていくのも知っていた。東京は怖い、都会に行きたくないという声を聞くたび、都内在住のわたしは勝手に傷つき、何もできないし何も反論できないなと思いながら手洗いうがいに励んでいた。エンタメや芸術は心の癒しだと多くの人が求めていても、現実問題、あまり寛容ではない社会だということも悲しいことに知っていた。

 

それでもSHOCKはあると信じていた。自分勝手だけれど、3月2日公演まではやってくれないかなとも期待してしまっていた。次の日は休演日だし。でもカンパニーと観客の安全は大事だ。安心は安全があってこそ生まれるものだし、ギリギリまで続行の道を探ってくださったであろう東宝さんをわたしは責めたくない。わたしは選挙に毎度行っているので政府に文句を言う権利はあると思っているけれど、クレーマーになりたいわけでもないので、「困ったな!!!もう!!!」と怒るくらいで控えめにしておく。悪いのはウイルスなので(むかむか)。行けないなら雑誌買うわ!と書店に駆け込んだはいいものの、こしてらショットや襷掛けスリーショットを目にして泣いてしまったので買うのはまた今度。

 

 

今回改めて文字にしてみて、如何にわたしが自分の誕生日が好きかということと(笑)SHOCKを楽しみにしていたかということと、「今年の3月2日」を特別視していたかがわかりました。3月2日のSHOCKはなくなってしまったけど、きっとわたしはそれでも3月2日を楽しむんだと思います。しっかり寝て食べて寝て、笑って泣いて笑って笑っていきたいです。まとまりなくなってしまった!当日お祝いまってまーす!(ドサクサ)